有益でマニアックな話

有益でマニアックな話

少し栄養のマニアックな話をします。

非常に有益な内容ですが、中途半端に知識を増やすと余計に混乱します。

だから難しいのが苦手な方は読まないでください。

災害時の栄養指導は、日本人の食事摂取基準を元に行われています。

しかし、3つの問題があります。

目次

食事摂取基準とは

管理栄養士が指導の根拠としているのが、『日本人の食事摂取基準』です。

この基準は過去のヒト、動物の実験、統計データなどから各栄養素の必要な量を推測して、数値化したものが紹介されています。

災害時にも、この摂取基準を元に栄養指導が行われます。

しかしこの基準には見落としがある可能性もあるので、栄養素の摂取量をこの基準のみで決定しようとしている人は、注意が必要です。

災害時に不足しやすい栄養素として、ビタミンB1が挙げられるので、それを例に問題点を紹介します。

ビタミンB1の推奨量の意味

全体の97~98%の人が欠乏症を起こさないと考えられる摂取量を、推奨量と呼びます。

ビタミンB1の推奨量は、18~29(歳)男性で1.4mg/日、女性で1.1mg/日です。

この量はビタミンB1の欠乏症である脚気がすぐに起きるという量で決められているわけではなく、B1の尿中排泄量が増えて、身体の中で使われずに余った状態から算出されているとのことです。

だから災害時に推奨量に満たない食事をしていても、すぐには脚気にならないと言われています。

しかし、この考え方には見落としがあるかもしれません。

①脚気の定義

まず、『脚気が起きない』という状態の定義が必要です。

日本人の食事摂取基準では、疲労感・心不全・末梢神経障害などの脚気として特徴的な症状が現れることだけがビタミンB1の欠乏と定義していると思います。

しかし、もっと些細な症状がB1の欠乏で既に現れているかもしれません。

  • 少し気分が浮かないなどの気分の変動
  • 姿勢の維持をするための体力が続かない
  • 嚥下がしにくいなど

「病気とは言えないが生活の質が低下している状態」が、明確な脚気の症状が現れる前に起きているかもしれません。

こうした病気になる前の不定愁訴は、統計を取るのが難しいです。

B1の欠乏以外の原因との明確な線引きがしにくいし、起きる症状が多彩過ぎてデータを集めにくいからです。

日本人の食事摂取基準では、脚気の診断がされる状態を防ぐことを目的に摂取量を決めていると思います。

しかし、その脚気の診断をされるという状態の前に諸々の不定愁訴があるなら、推奨量を満たしたことでそれらを防ぎきれているかは、わからないということです。

②尿中排泄量という考え方

日本人の食事摂取基準では、ビタミンB1を含め、いくつかの栄養素は尿中排泄量が増える摂取量を摂取すれば、それ以上は身体が必要としていないと考えているようです。

日本人の食事摂取基準の策定に関わっていらっしゃる佐々木敏先生の著書『データ栄養学のすすめ』129ページには、以下のように記載があります。

尿にビタミンB1が排泄されるのは、ビタミンB1を余分に摂取していて、こんなにいらないと体が判断したときです

引用:データ栄養学のすすめ|129ページ

果たしてこの考えは妥当でしょうか?

例えば、以下のような栄養素の割り振りが合ったとします。

パターンA

摂取量10
体内残存4
尿中排泄6

このとき、尿中排泄がされているので、食事摂取基準だと、体内ではもう必要としていないと考えます。

パターンB

摂取量5
体内残存2
尿中排泄3

こちらのパターンでも、B1は余っていると考えます。

しかし、共に尿中排泄が行われていますが、体内残存が摂取量により異なることがわかります。

各臓器ごとの体内の分布の量が異なり、それらの場所ごとに、B1を含む各栄養素の需要が異なる可能性があります。

要するに、心臓や脳、骨格筋では大量にB1をストックしておくことで本来の機能が発揮できて、その状態にするには尿中排泄量が大量になるという可能性もあるということです。

体内残存がそれぞれ2と4の状態では、共に欠乏症は起きないけど、4の方が本来の機能を発揮しやすい可能性があるということです。

日本人の食事摂取基準では、このように尿中排泄量でばかり栄養素の摂取量を考えており、体内の分布や臓器ごとの各栄養素の需要の程度が無視されているように感じます。

行政の発表する内容なので、石橋を叩いて渡るような確実な内容である必要があるのはわかります。

しかし確実を求めすぎると、本来得られた栄養素を十分に摂取した場合のメリットを享受できないというデメリットが発生するリスクも考えておきたいです。

ビタミンB1であれば、脚気が起きるかどうかで考えるのではなく、過剰症が現れない程度の範囲内で、身体の各部位の本来の機能が発揮できる量という概念も持って頂けると、栄養素の効果を十分に発揮できるかもしれません。

その他の栄養素についても同じです。

③需要が増大する環境にいる者への配慮

活動量が多い、高齢者、飲酒の習慣があるなどの要因では、ビタミンB1の需要が大幅に高まる可能性があります。

しかし先程の尿中排泄量の実験は、健康な大学生などを対象にしています。

例えば、被災する前の生活習慣が以下のような場合には、健康な大学生と同じ条件では考えられないかもしれません。

炎天下で交通誘導を仕事にしている人の例

トイレが近くなると困るので水分の摂取を制限しており、運転している人から罵詈雑言を浴びてストレスが高まる。
事務所に帰って日払いの給料を貰った足でコンビニに駆け込み、カップ酒を飲み干す。
帰宅後にテレビを見ながらコンビニ弁当を食べる。

このような生活が続いている人が被災したときに、おにぎりや菓子パンが2週間から1ヶ月続いたら、何らかのB1不足の症状が現れてしまうかもしれません。

少なくても、実家で自炊した食事が食べられている健康な大学生とは異なる状態だと思います。

普段から需要が高くなるような生活習慣な上に、摂取量がギリギリという生活をしている人も脚気及び些細なB1欠乏の症状を起こさないための摂取基準を設ける必要があると思います。

さいごに

食事摂取基準を策定している人の考えだと、「水、エネルギーとなる三大栄養素が摂取できていれば、健康であればビタミン・ミネラルなどの他の栄養素は、1ヶ月間はほとんど食べなくても欠乏症の発生といった深刻な問題はなんとか避けられる」と考えているようです。

栄養指導をされる管理栄養士の方が、この解釈を「1ヶ月は大丈夫」と捉えるか、「できる限り早期にビタミン・ミネラルの補給もしたいし、深刻な欠乏症の発生以外にも、未知の不足の症状が発生するかもしれない」と捉えるかで、避難している人の生活の質が変わってくると思います。

いくつかの栄養素は、ストレスで需要が高まることが知られています。

更にMgなどは、充足させるとストレス耐性が高まることが知られています。

避難生活をできるだけ快適に過ごしていくには、病名が付くレベルの欠乏症の心配だけではなくて、十分な栄養素の摂取が必要かもしれません。

それができているだけで、避難所で起きる可能性のある「人と人のトラブル」が少なくなる可能性があります。

判断力を高めてキレにくい状態を目指すことも、栄養摂取から得られるメリットだと思います。

避難生活での栄養素の必要量について、日本人の食事摂取基準は非常に有益な資料です。

これがあるから大きな失敗が抑えられるのです。

しかし、その知識があれば十分という慢心は持たないで頂きたいと思います。

統計で考えてばかりいると、今回紹介したような見落としのリスクがあるということを、十分に理解することで、栄養素の摂取で得られるメリットを十分に享受することが可能となると思います。

以下は私の個人的な提案です。

備蓄しておきたいもの
  • アリナミン(吸収と利用効率の高いB1)
  • プロテイン
  • ようかん

今回のような発想ができるようになるために、栄養学や栄養疫学だけではなく、分子栄養学も学んでおくこと。

分子を先に学んだ人は、大きな失敗をしないために栄養学や栄養疫学も十分に学んでおくこと。

こういった知識や準備ができていると、災害などがあった際にダメージを少なくできると思います。

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